イゴール・ボブチャンチン(本名;イゴール・ヤロスラヴォヴィッチ・ボブチャンチン)さん。
総合格闘技において、丸太のような腕を振り回す、独特の軌道を描いて放たれる変則ブロー「ロシアン・フック」を武器にして相手を次々と倒していく姿から「北の最終兵器」というニックネームがつきました。桜庭和志さんは、「気が狂いそうになるほど痛い」とコメントしているほどです。
その強力な戦いぶりから、「北の最終兵器」と恐れられたボブチャンチンさん。
「北の最終兵器」「ロシアン・フック」とはあるものの、現在の独立したウクライナハルキウ州出身です(生まれたときには「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」)。総合格闘技家としての活動が1995年からですので、ソビエト連邦(ソ連)が解体(1991年12月)したあとが現役時代になりますので、「ロシアンフック」というのは、今考えてみますと合わない呼び名だと思います。
学生時代に陸上競技を経験したあと、ボクシング・キックボクシングを始め、1993年にウクライナ代表として出場した世界キックボクシングアマチュア選手権で優勝。さらにレスリングや関節技を習得し、1995年から母国ウクライナ、ロシア、ベラルーシなどソ連諸国で総合格闘技の大会に出場しました。
日本には、1990年代半ばから一大ブームになった総合格闘技・PRIDEから「PRIDE.4(1998年10月11日)に初参戦し、ゲーリー・グッドリッジさんと対戦し、KO勝ちでデビューし、名物的存在となりました。「PRIDE GP 2000(2000年5月1日)」では準優勝しています。
総合格闘技(海外の大会も含む)の戦績は67試合56勝10敗1無効
PRIDE参戦時代に専属通訳兼マネージャーで通称「オバチャンチン」と呼ばれたエヴゲーニャ・ボルシェフスカヤさんは、不思議な日本語訳することで、人気者となっていました。
さて、ボブチャンチンさんの近況がネットニュースでありました。現在は生まれ故郷のハルキウ州にいるとのことです。日本でのエージェントだった方が確認したものです。
ロシアのウクライナ侵攻のあと連絡が取れなくなり、ボルシェフスカヤさんの娘・オルガさんをつうじて、ボブチャンチンさんと連絡がとれたそうです。そして、次のような手紙が届いたそうです。
「私はPRIDEと呼ばれる日本で最も有名なMMAイベントに参戦していたことを誇りに思っている元総合格闘家のイゴール・ボブチャンチンです。1998年から8年間、2ヶ月ごとに日本に行って闘いました。対戦相手は世界中の偉大な戦士たち。熱狂的な応援で私の勝利への意欲を高めてくださった日本の観客とファンのことは決して忘れません」
「私の国・ウクライナに不法に侵攻したロシアの侵略者と戦っています。彼らは私たちの都市を破壊し、子どもを含む民間人を殺しています。私の故郷・ハルキウは、ウクライナで最も砲撃された都市のひとつです。ミサイルで攻撃され、ほとんどの家屋が廃墟となっています」
現在、ボブチャンチンさんは慈善財団を立ち上げ、食料、医薬品、救援物資を軍や市民、病院、孤児院に届ける日々を送っているそうです。日本からの財政援助を託したあと、こうつけ加えていたそうです。
「日本の古い友に会いたい。道場にも行きたいよ。観客と選手が一体化したあの雰囲気は、世界で日本にしかなかった」
ボブチャンチンさんは2005年にリングという戦いの場から引退しましたが、いまだ、戦い続けているのです。ボブチャンチンさんたちが来日できる日が早く来ればいいと願います。
なお、オルガさんは現在、首都・キーウで志願兵として戦っているとのことです。
本日も私のブログを読んでいただき、ありがとうございます。
今日はどのような一日になるのでしょうか。または、どのような一日を過ごされたのでしょうか。
その一日でほんの少しでも楽しいことがあれば、それを記憶にとどめるように努力しませんか。そして、それをあとで想いだすと、その日が明るくなる、それが元気の源になってくれるでしょう。
それを見つけるために、楽しいこと探しをしてみてください。昨日よりも、ほんの少しでも、いい一日でありますようにと、お祈りいたしております。
また、明日、ここで、お会いしましょう。