2013年4月30日に行われた欧州チャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグで、レアル・マドリード(スペイン)はホームでボルシア・ドルトムント(ドイツ)を2-0で下したものの、ファーストレグとの合計スコア3-4で惜しくも決勝進出を逃した・・・
遡ること、約一ヶ月前の2013年4月12日付のイギリスの大衆紙「サン」より。
米国ロス・アンジェルスに住むメキシコ系アメリカ人アベル・ロドリゲスさん(41歳)はスペインのサッカークラブのレアル・マドリードC.F.の熱狂的なファン。
2012年の夏にレアルが米国キャンプを行った時に、毎朝5時に起床して、車で約2時間かけて練習場に行き、ボランティアを買って出たほどなのです。
最初はボール拾いから始まり、次第に、その働きぶりが認められ、指揮官によってチームの用具係待遇になった。でも、もちろん無給。
2013年3月のこと。一部主力選手や地元メディアとの対立が深刻化したモウリーニョ監督は今シーズン限りでの監督退任が決定的と報道されていた。その報道を目にしたロドリゲスさんは、
「モウリーニョが監督のうちに、エル・クラシコ(※ レアル・マドリードC.F.対FCバルセロナによる、スペインを代表するクラブ同士の対決)を見られるのは、これが最後かも知れない」
と思い立ち、長年この日のためにと貯めていた貯金をはたいて、スペイン・マドリッドへと飛び立って行った。
そのロドリゲスさんの職業は駅の清掃員。時給は日本円で約750円。
エル・クラシコといえば世界中が注目する大一番です。さすがにロドリゲスさんはチケットを入手できませんでした。
どうしていいか分からないまま、レアルの練習場に張り付くこと5時間。3月初旬のスペインの寒さは想定外だったそうです(これが初めてのヨーロッパ旅行)。
そして、警備員からは邪険な扱いを受け、薄着のまま練習場の外で凍えていると……奇跡が起きたという。
「ジョゼが僕を発見して、運転手に止まれと言ったんだ。『止まってくれ。あいつはロス・アンジェルスから来たんだ!』って」
モウリーニョ監督はロドリゲスさんのためにチームと同じホテル(同じVIP級の待遇)の宿泊を手配してくれたうえに、3月2日のエル・クラシコの試合チケットまで用意してくれたそうです。
「最初は面食らったよ。でもそのうち、自分がチームの一員であるって思えるようになっていったんだ。僕らはいろんなことを話した。フットボールのこと、家族のこと、僕の旅のこと。ジョゼは、僕が長いことこの一戦を待ち望んでいたことを知ってビックリしていたよ」
本拠地サンチャゴ・ベルナベウでモウリーニョ監督率いるレアルはバルセロナを2-1と撃破。
さらに奇跡は続き、ロドリゲスさんは3月5日のチャンピオンズリーグ、マンチェスター・ユナイテッド戦にも招待されるのです。貯金を使い果たしてアメリカからスペインへとやって来て、今度はスペインからイングランドへの旅をプレゼントされたという。
モウリーニョ監督は、パスポートを取り上げ、携帯で写真を撮ってスタッフへとメールで転送。こう言って航空券の手配を急がせたという。
「彼はチームの一員になった」
駅の清掃員がレアル・マドリードの臨時スタッフとしてオフィシャルジャージを支給され、チームと完全に同行しました。そして、レアルがマンUを敵地オールド・トラフォードで破ったのは記憶に新しいことです。
「クリスチアーノ・ロナウド(ポルトガル代表)は、僕にウインクしたり、抱きついたり、肩を叩いたりしてくるようになったよ」
試合後、イレブンはロドリゲスさんに次々と抱きついたという。まるで彼が「勝利をもたらす幸運」だったかのように。
マンチェスターでの試合後、ロドリゲスさんはボランティアスタッフとして(まさしく夏のアメリカでの合宿所でやっていたように)、精力的に荷物運びなどを手伝った。
そして、チームはマンチェスターからマドリッドへと家路についた。
ロドリゲスさんはモウリーニョの連絡先を知らなかったといいます。だから感謝を言いたくて、このエピソードを新聞記者に明かしたという。
世界的なビッグクラブチームを率いる指揮官は戦う男であり、敗北は許されない。それ故に私たちから見れば厳しい規律を守る鉄の男でもあると考えます。
そして、組織をまとめ、常勝軍団を作るとともに、次を担う人を育てていかなければなりません。人を育てるにあたって、育てる側と育ててもらう側との信頼関係も必要になるはずです。その信頼関係をどう作り上げてきたのかが、先のエピソードにみられるというのです。
モウリーニョ監督は「戦う現場」では激しい気性をむき出しにするが、「身内にはとことん尽くす」細かな神経と繊細さ、心優しさを持ち合わせているという。
だから、米国でのキャンプで汗を流してくれたボランティアの顔を忘れず、その影の功労者との偶然の再会を果たすと、持てる力を結集して恩返しをしたというのではないかとのことです。自分の組織に尽くしてくれた仲間には、とことん尽くし返す。
「子どもに食事をさせられない親の苦しみに比べれば、フットボールのプレッシャーなんてたいしたことない。」
モウリーニョ監督のレアルからの去就が注目されています。しかし、このことだけはどこのクラブへ行っても変わりません。
それは、モウリーニョ監督は現代サッカー界の名将は最高の戦術家である以前に、人への感謝を忘れない、最高の人間でもあるということです。