野球小僧 season16

丸坊主にして自由な時間をなくしてまで,青春をそこに注ぐことに意味がある。

生々流転 (せいせいるてん)

せいせい-るてん 【生生流転】
意味; すべての物は絶えず生まれては変化し、移り変わっていくこと。▽「生生」は物が次々と生まれ育つこと。「流転」は物事が止まることなく移り変わっていく意。「生生」は「しょうじょう」とも読む。

プロの世界、勝負の世界というのは非情なものです。
一度、表舞台から姿が見えなくなり、それに代わるニュースターが現れると、その存在すら話題にならなくなっていくものです。

2006年第88回選手権大会決勝戦駒大苫小牧高校田中将大との投手戦で延長15回引き分け、翌日の再試合で4連投、13奪三振早実を初の夏の甲子園大会優勝に導いています(この大会での投球回69、投球数948は一大会における新記録。奪三振78は歴代2位)。
2007年~2010年に在籍した早稲田大学では一年生で春の開幕投手で勝利。大学四年間で東京六大学野球史上6人目となる通算30勝300奪三振を達成(31勝323奪三振)。

2010年10月28日のプロ野球ドラフト会議で4球団から1位指名受け、抽選で日本ハムが交渉権を獲得。
2011年4月17日ホームで千葉ロッテマリーンズ戦にプロ初登板先発、五回4失点(自責点1)で同期入団のルーキー初勝利一番乗り。一年目はケガもありましたが6勝6敗防御率2.69とまずまずの成績。
2012年3月30日。プロ入り二年目で開幕投手埼玉西武ライオンズ戦九回1失点で初完投勝利するものの、成績不振に陥り、でシーズンを終えた。
2013年は右肩痛のためキャンプから二軍スタートとなと、その後、TVや新聞などでも報道される機会が少なくなっています。

斎藤祐樹

今、何をしているのでしょうか?
もちろん、遊んでいるわけではないでしょう。そんな中、斎藤の姿が久しぶりに報道された記事を目にしました。

4月14日。ファイターズの二軍はイースタンリーグの公式戦のため山形へ遠征。しかし、ファーム本拠地の千葉・鎌ヶ谷には左ふくらはぎの筋挫傷で出場選手登録を抹消されている武田勝、腹直筋の炎症で登録を抹消されている武田久、右手首を骨折して手術を受けた大嶋匠、オフに左ヒザの手術を受けた金子誠ら、11人。その中に斎藤の姿がありました。

毎日、肩が痛いかどうかを確かめ、痛くない日はキャッチボールの距離も伸ばし、ブルペンでのネットピッチング、相手を立たせてのピッチングも、できるだけ思い切り腕を振って強いボールを投げているそうです。

投げる時、ボールを握った右手が頭から離れると痛むという。
だから、できるだけ頭の近くに右手を持ってきて、肩甲骨と胸郭と回すイメージで投げてみる。
腕を後ろの方でしならせると痛くなってしまう。前でしならせることができれば痛くなくなる。

痛みは本人でしか判りません。

「今までのフォームは、完全に捨てる覚悟を決めました。正直、大学三年のあたりから、自分の思ったボールを投げられていない。その中でもいい時期、悪い時期はありましたけど、いつも違うんじゃないかと思いながら投げてきました。よく言うじゃないですか。『いい時に戻れ』って……でもいい時に戻ろうとすると、うまくいかないんですよね。ならばこの機会に新しいフォームを見つけて、理想的なフォームを追い求めようと思いました。でも、そうすると自然にいい時と感覚が似てくるから不思議です。戻そうとするとダメだけど、正しいフォームを求めようとすると、いい時に近づいてくる。キャッチャーとの間にラインが出てくるんです。やっぱり、いい球を投げるためには、その感覚が必要だと思いました」

ケガをしてしまったことは残念なことです。
でも、ここから再起してきた選手はたくさんいますし、このままでは惜しい選手の一人です。

進化した、ニュー斎藤祐樹が再びマウンドに立つ姿を見てみたいです。