2019年に来たときも雨でしたが,今年(2026年)も雨で,グラウンドには誰もいません

というか,そもそもこの日は北海道日本ハムファイターズとの練習試合で居残り組以外は遠征中
オキハム読谷平和の森球場(読谷平和の森球場)は沖縄県中頭郡読谷村(よみたんそん)にある野球場。読谷村が運営管理を行っている
所在地:沖縄県中頭郡読谷村字座喜味2901
開場:1987年5月30日
所有者:読谷村
内野:クレー舗装,外野:天然芝
照明塔:6基
収容人員:5800人
両翼:95m
中堅:120m
1987年5月:沖縄・海邦国体のソフトボール会場として建設され開場
1990年:福岡ダイエーホークス(現;福岡ソフトバンクホークス)が春季キャンプを実施。しかし,連日の雨とフィールドのコンディションが悪く周辺施設も整っていないなど,この年で撤退
1997年:中日ドラゴンズ二軍が春季キャンプ地として使用
2013年:約4億3000万円をかけ,改修
2019年4月:読谷村に本社を置く沖縄ハム総合食品が命名権を取得し,「オキハム読谷平和の森球場」と命名
2022年:野球のトライアウトリーグ「ジャパンウィンターリーグ」の会場として使用
読谷村データ
面積:35.28km2
総人口:41,938人(推計人口,2026年1月1日)
人口密度:1,189人/km2
沖縄本島中部,中頭郡に属する村。日本の村としては最も人口が多く,人口密度は同郡の北中城村,中城村に次いで3番目に高い
西海岸の砂丘上には沖縄貝塚時代(本土の弥生時代相当期)の遺跡が多くあり,渡具知木綿原遺跡からは九州の影響を受けたとされる箱式石棺墓が見つかっている(国の史跡)
また,比謝川の河口付近にある渡具知東原遺跡からは爪形文土器が見つかり,沖縄の先史時代文化が約7000年前まで遡ることが判明している
1908年4月1日:町村制施行により,旧区画における読谷山間切全域を読谷山村(ゆんたんざそん)と定める
1943年4月:村の中央部に帝国陸軍沖縄北飛行場建設開始
1945年4月1日:米軍が北飛行場を目指し上陸,その日のうちに占拠。翌2日,チビチリガマの「集団自決」が発生。読谷村全域が占領地となる。上陸まえから疎開先も含め住民の戦火による犠牲者が出ていたが,その後も疎開先あるいはそこからの帰途に戦火に巻き込まれる形で犠牲者が多数出る
1946年8月:米軍基地が95%の土地を占有し,約5%の土地の一部地域に帰村許可
同年11月20日:第一次移動の約5000人が帰村
同年12月16日:読谷村に改称。米軍基地はその後も拡大・整備され,2006年まで村中央部を軍事施設が占める
1997年4月1日:現在の読谷村役場が完成。返還まえの読谷補助飛行場に建設されたため,日米地位協定第二条第4項(a)の「日米による共同使用」という形態
沖縄戦で村の95%が米軍に接収され,1972年の本土復帰時でも読谷村の73%が基地であった。現在も村面積の36%を米軍基地が占め,なかでも嘉手納弾薬庫は拘わる5市町村のなかで読谷村が最も多い面積
名所・旧跡・観光
座喜味城跡(琉球王国のグスク及び関連遺産群)
残波岬灯台
読谷平和の森球場(プロ野球中日ドラゴンが二軍春季キャンプ地)
むら咲むら(大河ドラマ「琉球の風」の撮影に使われたオープンセットを利用した体験型テーマパーク)
Gala青い海(塩づくり,琉球ガラス,やちむんの体験施設)
おきなわ乗馬倶楽部
渡具知ビーチ
チビチリガマ(沖縄戦において集団自決が行われたガマ(ガマへの入壕は禁止されているが、「世代を結ぶ平和の像」が設置されている)
あしたもよろしくお願いします。