野球小僧 season16

丸坊主にして自由な時間をなくしてまで,青春をそこに注ぐことに意味がある。

日本男児 / 長友佑都

先日、自叙伝の発売と共にインテル・ミラノの長友選手がコッパ・イタリア決勝にフル出場して優勝に貢献しました。
イタリア杯決勝 インテル・ミラノ3-1パレルモ (5月29日 ローマ)

そして、昨日は新潟・東北電力ビッグスワンスタジアムのピッチに立っていました。

熱く、タフな、鉄人の長友選手です。

日本男児 日本男児
価格:¥ 1,400(税込)
発売日:2011-05-25

その長友選手にとっては、この一年は大きく人生を大きく変えた、転機ともいえる一年だったと思います。

ちょうど1年ほど前。
2010年W杯南アフリカ大会で対戦相手チームのエトオ(カメルーン)やエリア(オランダ)らのキーマンを徹底的に封じて、ベスト16入りに貢献しました。
世界での活躍が評価されて7月にセリエAチェゼーナに移籍。
9月のACミラン戦でブラジル代表FWアレシャンドレ・パトを抑え、評価を上げるとともに、2011年1月のアジア杯優勝が決定打となってインテル・ミラノへレンタル移籍します。
その後、欧州CLとリーグ戦は優勝できなかったものの、今回、コッパ・イタリア決勝に優勝して、イタリア挑戦一年目を最高のフィナーレで終えました。

「チャレンジして失敗して壁を乗り越えるということの繰り返しだった。10年分ぐらいの経験をしたんではないかというぐらい濃すぎた。W杯がもう何年も前のように感じる」

と振り返っています。
今でこそ、世界で活躍する長友ですが、ここに到るまでのサッカー人生は決して陽の当たる場所にはいませんでした。

小学時代  「一番女の子にモテるスポーツ」だと思ってサッカーを始める
中学時代  ユースチームの入団試験で平凡な選手と判断され不合格。イジケてゲームセンター三昧の日々
高校時代  無名のまま終わる。明治大学のスポーツ推薦に落ちる。しかし、学業成績による指定校推薦で明治大学入学
大学時代  明大サッカー部でレギュラーになれず、病気でもサッカーできず、イジケてパチンコ三昧の日々。サッカーの代わりに応援団
大学2年  ポジションをサイドバックに変更
大学3年  FC東京と明大の練習試合でFC東京FWを押さえ込み、FC東京特別指定選手として招待される
大学4年  FC東京加入。超人フッキに完勝し、周りを唖然とさせ、五輪代表入り
2009年 A代表入り
2010年 W杯に出場し、欧州リーグ関係者から世界最高レベルのサイドバックと評価される
2010年 セリエAチェゼーナ移籍。日本対アルゼンチン戦で世界一のメッシに完勝
2011年 アジアカップで優勝。インテル・ミラノに移籍

すぐにイジケてしまうところはなんとも言えません。しかも中学時代にはピンポンダッシュをやっていたという。
ブログには

「挫折しそうな時もあったけど、絶対に諦めず、自分を信じてやってきたからこそ今の自分がある」
「僕の誇れるものはそのプロセスだけかもしれない」

とあります。絶対に諦めなかったからこそ、今の長友がいるのだと考えます。

大きな目標を設定し、そこに向かうための道程を逆算し、今日やるべきことに100%取り組む。
今日頑張らなければ、明日はない。
誰にも負けない努力をしてきた自信がある。

ちなみに明大サッカー部時代の話。

「一・二年の頃は、ケガなどで試合に出場できない事が多く、試合の時は必ず太鼓を叩くのが僕の使命でした。正直、自分でも自己満足するくらいアフリカンなノリの太鼓は、大学サッカー界の話題をさらいました(笑)」

 

その結果、念願のJリーグ鹿島アントラーズから、オファーを受けていたという。

「ウチで太鼓を叩いてもらえないか?」 (サポーターより)